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甲府地方裁判所 昭和32年(わ)90号 判決 1958年12月23日

被告人 新津今朝吉 外一名

主文

被告人両名は孰れも無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、

「被告人新津今朝吉は甲府市春日町二十七番地に於いて人生劇場を経営しストリツプシヨウ等の興行を業として居るもの、同秋山喜市は同劇場の支配人として同興行に従事して居るものであるが、

第一、被告人秋山喜市は

(一)  昭和三十二年六月十一日頃裸体女性の猥褻姿態を描写した「おいらん祭り」と題するポスター約拾九枚を不特定多数人の認知し得べき場所である同市錦町四番地山梨県立病院東側板塀外拾参箇所に掲示し

(二)  同日頃前記人生劇場に於いて不特定多数人の認知し得べき場所である同劇場入口北側の広告掲示所(ショーウインド)に裸体女性の猥褻姿態を描写したスチール写真壱枚を掲示し

第二、被告人両名は共謀の上同月二十五日頃裸体女性の猥褻姿態を描写した「禁男の室」と題するポスター約弐拾参枚を不特定多数人の認知し得べき場所である同市三日町九十一番地保坂吉男方東側壁外拾五箇所に掲示し

以つて右各猥褻図画を夫々公然陳列したものである」

と謂うのである。

被告人等が単独又は共謀して公訴事実で特定されて居る通りのポスター、スチール写真を公訴事実記載の日時場所で公然陳列したことは本件記録に徴し明白である。そこで本件図画が刑法第百七十五条の猥褻の図画に該当するか否かを案じて見ると、本件図画中「おいらん祭り」と題するものは縦約110糎、横約50糎の彩色刷のポスターで描写している概略は斜横向の裸体のおいらんが裲襠と覚しき衣類を両手で垂し持つて陰部を隠蔽している姿態に「おいらん祭り」「Y線放射能ホルモン爆発」等の文字を配するもの、スチール写真は縦約20糎、横約15糎の白黒写真で写されている概略は幔幕を背景として桜樹の下に前記類似の姿態をしているおいらんであり、「禁男の室」と題するものは縦約100糎、横約50糎の彩色刷のポスターで描写している概略は斜仰向裸体の婦人が両手で上顔部を覆つている姿態に陰部を隠蔽している「未成年者は見るべからず」の文字の外「禁男の室」「性教育学術映画」「一度は是非見ておく可き!堕胎?避妊?妊娠?出産の状況」「にじみ出る油汗と苦痛にのたうつ女体」「安心して享楽を…………子宮の防衛を」等の文字を配するもの、である。

ところで刑法第百七十五条の猥褻の図画とは徒らに性欲を興奮又は刺激させ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する図画を言うものであつて、性器又は性行為の直接的詳細な描写がある図画或はこの様な形象を直接的に顕出することを隠蔽して一見しては淫靡な感情を起させない図画であつてもその図画の或る一部と他の一部とを接続する等に依り、隠蔽した形象を顕出又は容易に透見することができ得る図画は多く之に該当するが飜つて本件各図画を見ると前記の通り性器又は性行為の直接的詳細な描写も見当らないし、裸体それ自体或はそれに配する文字、背景等を含めて全体的に観察してもその紙背に性器又性行為の描写があることを容易に感じ得させるに至らないものである。成程本件各図画は所謂ストリツプシヨウ等の宣伝ポスター乃至はスチール写真であり事物の性質上一般大衆の好色心に訴へることを目的としたものであるから殊更に連想しようとすれば、本件各図画から陰部の形象果ては性行為すらも連想し得いこともないであろうし、就中本件各図画中各ポスターに配する文言がこれを助長していることも否めないであろう、然し乍らそれは極端な連想を以つてして始めて可能であると言う外はなく普通人の正常な連想を以つてしてはたとえ本件各図画に前記のような隠蔽されたところがあるとしても、容易にそれを透見することは不可能に近い。依つて本件各図面の程度を以つてしては未だ徒らに性欲を興奮又は刺激させ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと言うことは出来ないから本件各図画は刑法第百七十五条の猥褻の図画と認めることはできない。従つて被告人両名の本件各所為は罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条に依り被告人両名に対し無罪の言渡を為すべきものである。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 西村康長)

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